人生100年時代、まだ4割超えたばかり

中途半端な40代シングル会社員の戯言を綴っています。

ライフワークとしてのサードプレイス

私のようなおひとりさまは、ライフワークとなるものを見つけ、それをサードプレイス(コミュニティ)として持っておくことが非常に重要になります。配偶者のいないおひとりさまが孤高にやれるほど日本は福祉の整った国ではありません。

人的資本(稼ぎ力、つまりお金)と社会資本(交友関係、つまり友人)に加えて健康をいかに維持するかは100年時代の健康寿命を占う上で最も重要なファクターになるかと思います。

私は元来の性格からして、どちらかといえば孤独が平気です。知性の低い女性と無駄にスイーツカフェで過ごしたり、服を一緒に買いに行ったり、ジャニーズの会話をするくらいだったら、1人でドラクエをやっている方が圧倒的に充実していると思うタイプですが、自分の価値観を共有できる居場所は必要だと思っています。

とはいえ、リーマンショックで無職になり、その後正社員入社した会社で過労が続き、時間があってもお金がなかったり、お金があっても時間はなかったりし、いわゆるサードプレイスがない状態が続いていました。特に継続している趣味もありませんでした。有り体に述べると、40歳にして、私は全く友達がいなくなりました。

そんなおり、危機感を持った時に出会ったのがワインと花。2015年の半ばでした。

それ以来、様々なワイン講座やフラワー講座などに通い続け、気が付けば居場所となるサードプレイスができ、友達も増えました。また、落語も趣味として定着しました。いずれも野心満々で始めたのではなく、過労によるうつ病防止が当初の目的でした。気が付けば、いつの間にか趣味になっていました。

ある程度趣味が続くともっと上達したい、もっと知りたいと思うのが人間の性です。

ワインはワイン検定シルバークラスという資格に一昨年合格しました。花は現在青山フラワーマーケットのスクールのコースレッスンに通っています。

しかし、いずれワインエキスパート、そして、フランス国立園芸協会のフラワー資格を取得したいと思っています。資格が全てではないと思っていますが、たかがワイン検定シルバークラスに合格しただけで、周囲の反応は非常に良く、退職する社員や誕生日にワインを贈りたいという人から相談される機会が徐々に増えました。

自分は専門性も何もあったもんじゃないと先日ブログで述べたものの、40歳過ぎても年齢のことなど一度も気にしたことなく趣味を始めました。元々は過労が原因で始めた趣味でしたので、年齢を考えたことすらありませんでした。

好奇心と学ぶ意欲だけはそこそこあるようです。サードプレイスの場をより豊かにし、レベルアップさせたいという気持ちが強くあります。

 

アメブロを傍観していますと、何の取り柄も特技も資格もないと劣等感を抱いているアラフォーの独身女性が恐ろしいほど沢山います。いつも年齢を気にして何かにハマることもなく、何か行動する訳でもない。

やがて自己啓発やタロットカードやスピリチュアルが趣味になってしまいます。交流会と称した場で自己啓発セミナー講師の師匠とやらを囲んでシャンパンとフラワーパーティに多額のお金を注ぎ込みます。大概は一流ホテルが会場ですので、インスタ映えしますし、そのひと時だけは満足したかのような錯覚に陥ります。インスタにシャンパンと花と着飾った女性が並べば、いいね!は沢山つくでしょう。

しかし、そういう場は決してサードプレイスという居場所にはなり得ません。単なる現実逃避だからです。

シャンパンとフラワーは胴元の師匠の養分になるだけで、交流会に参加した連中の劣等感が解消されるはずもなく、ましてや特技や趣味が見つかることもありません。

小学生でも少し考えれば分かることなのに、彼女たちにはそのことが分からないのです。

私なんぞは、インスタ映えした写真のシャンパンの銘柄やホテルのソムリエ、花を飾ったフラワーデザイナー、ホテルに飾られた絵画などが非常に気になるのですが、彼女たちにはそうした好奇心がありません。

仮に彼女たちがジャニーズ好きならば、ジャニーズの専門家としてーー例えば相葉くんの実家の中華料理店に行ってお父さんと会話したというような武勇伝ーー、周囲が唸るようなジャニーズ博士ぶりを披露すれば、それはそれで特技であり、専門家だと思います。しかし、そういうハマり方ができないのです。好奇心が欠如しているというのか。この態度は仕事などにも当てはまり、全てにおいて、何かを深追いしたり、探求する態度が見られません。内発的動機が著しく欠如しているとでもいうのでしょうか?下流志向を強く感じます。


アメブロの貧乏アラフォーOLを標榜している人たちに共通して見られる現象です。

サードプレイスが自己啓発セミナーやスピリチュアルといった上っ面の交流会しかないという人生は、私から見れば、非常に貧しい感性の持ち主であり、お金も時間も無駄な浪費に映ります。それでも本人が満足しているなら、そういう人たちだけでどうぞ仲良くご自由にやってください。私にはガラクタ同然の存在でしかありません。